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岡山地方裁判所津山支部 平成3年(ワ)160号 判決 1993年5月12日

原告

赤座勝彦

被告

花房雅人

主文

一  被告は原告に対し、金三五一万二六一六円及びこれに対する平成元年八月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金三九九万円及びこれに対する平成元年八月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、交通事故(追突事故)にあつた原告が、加害車両の運転者である被告に対し、民法七〇九条に基づいて損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実及び前提となる事実

1  本件事故の発生(当時者間に争いがない。)

(1) 日時 平成元年八月二〇日

(2) 場所 岡山県津山市高野本郷二五三番地先国道五三号

(3) 加害車両 普通乗用自動車(岡山五九ぬ一六八七号)

(4) 被害車両 普通貨物自動車(岡山四〇の一六八三号)

(5) 態様 被告は、加害車両を運転していた際、原告が同乗していた寺本隆行運転の被害車両に追突した。

2  受傷

証拠(甲三の一等、弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件事故のため、頸部捻挫、左前胸部打撲症、両下腿挫創、腰部打撲症などの傷害を受けたことが認められる。

3  責任原因

証拠(本件事故態様、弁論の全趣旨)によれば、本件事故は、被告が前方注視義務を怠つた過失により発生したものであることが認められるから、被告は、民法七〇九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるというべきである。

二  争点

本件事故による原告の損害及びその額。特に、原告の受傷と休学及び退学との相当因果関係。

第三  争点に対する判断

一  原告の受傷内容と治療経過

1  証拠(甲六、八、九の一、乙一ないし一七)によれば、原告は、前記受傷のため、左記のとおり通院治療を受けたことが認められる。

(1) 国立療養所津山病院(通院)

事故当日

(2) 平野病院(通院)

平成元年八月二一日から同年九月一三日まで(実治療日数一四日)

(3) あらがき脳神経外科医院(通院)

平成元年九月一八日

(4) 櫻井医院(通院)

平成元年九月一九日から同年一〇月二日まで(実治療日数一〇日)

(5) 平野病院(通院)

平成元年一〇月三日から平成二年一月二九日まで(実治療日数八六日)

(6) 西川整形外科医院(通院)

平成二年二月二日及び同月七日

(7) 川崎医科大学附属川崎病院(通院)

平成二年二月六日

2  被告は、前記通院治療が通常の頸椎捻挫の治療としては長きに失しており、このような長期にわたる治療を要したのは原告の心因的な要因が寄与しているためであるから、後記の損害額の算定に当たっては過失相殺の法理を準用してこれを減額すべきである旨主張するので、この点につき検討を加える。

証拠(乙三等)によれば、前記受傷のうち左前胸部打撲症、両下腿挫創については平成元年九月上旬ころには既に軽快していることが認められ、また、平野病院医師作成の回答書(乙一七)には、頸椎捻挫につき「軽症」である旨の記述も存するところである。

しかしながら、右回答書にも、頸椎前弯の消失、握力低下等が指摘されているうえ、櫻井医院医師の回答書(乙一五)にも頸推前牽の減少や腱反射亢進等の指摘や頸部挫傷の症状程度としては中等度である旨の記載があるのであつて、これらの医師が行つた前記治療が右受傷の治療として過剰なものであつたとまではいえず、また、原告の心因的な要因が治療の長期化を来したことを認めるに足りる証拠もないから、被告の右主張は採用することができない。

二  治療費 一万四七八〇円

証拠(甲五、六、八、九の一)によれば、原告は本件受傷の治療のため左記のとおり合計金一万四七八〇円の治療費(被告において既払いのものを除く。)を支出したことが認められる。

(1)  国立療養所津山病院 三五九〇円

(2)  あらがき脳神経外科医院 六八〇〇円

(3)  西川整形外科医院 一三七〇円

(4)  川崎医科大学附属川崎病院 三〇二〇円

三  入浴剤購入費

証拠(甲一の二、証人赤座稔子)によれば、原告が患部の改善を図るため入浴剤を購入・使用したことが認められるが、右は医師の指示によるものでなく、またその治療効果についても証拠上明らかでないから、本件事故と相当因果関係に立つ損害とは認められない。

四  通院等交通費 七万一九〇五円

証拠(甲九の二、甲一二、甲二〇、甲二一、弁論の全趣旨)によれば、原告が前記通院及び本件事故のため破損した眼鏡を購入するための眼鏡店への交通費として合計金八九〇九〇円を支出したことが認められるが、このうち本件事故と相当因果関係に立つ損害としては、左記のとおり、七万一九〇五円を認めるのが相当である。

眼鏡店タクシー代 一〇六〇円

国立療養所津山病院タクシー代 四九〇円

平野病院(タクシー利用については、本件事故後から同年九月一三日までの間のものについてのみ相当因果関係を認める。)

タクシー代 七八九〇円(片道の一〇回分)

バス代 五万七〇〇〇円(300×(200-10)=57,000

川崎医科大学附属川崎病院(タクシー代二二一〇円については、その二分の一について相当因果関係に立つ交通費と認める。)

タクシー代 一一〇五円((1350+860)÷2=1,105)

鉄道代 四三六〇円

四  休学に伴う余分の出費 三八万二〇八〇円

1  証拠(甲一四、証人赤座席稔子、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件事故は、当時北九州市内にある九州共立大学経済学部経営学科の一年生であつた原告が郷里である津山市に帰省していた時の事故であるが、事故後津山市内の病院で通院治療を受けた(前記一1(1)、(2))後、平成元年九月一六日右大学に通学するため北九州市に赴き、同市内の病院で通院治療を受けながら(前記(3)、(4))大学に通つたが、体調がすぐれなかつたことから、治療に専念するため同大学を休学(平成元年一〇月一日から平成二年三月三一日まで)して同年一〇月三日津山市に帰つた。

(2) 同年九月一七日原告の母が付き添いのために北九州市に赴き、北九州市内のアパートを解約手続をするなどしたうえ同年九月二〇日津山に帰つた。

(3) 同年一〇月一九日原告の母は前記アパートの引つ越し作業のため再度北九州市に赴き、同月二一日津山市に帰つた。

(4) その後、原告は津山市内等の病院で通院治療を受けた(前記一1(5)ないし(7))後大学に復学することとし、平成二年三月一七日原告とその母が北九州市に赴いて新たにアパートを借り、母は同月一九日に津山市に帰つた。

(5) 原告は、同年四月一日復学したが、右休学のため一年間余分に在学せざるを得なくなつた。

2  原告は、右1(1)の事実関係を前提として、原告の往復旅費(鉄道料金二四二六〇円、タクシー代一三五〇円)を、同(2)の事実関係を前提として、原告の母の往復旅費(鉄道料金二四二六〇円、タクシー代一三五〇円)及び付き添い日当四日分(二万八〇〇〇円)を、同(3)の事実関係を前提として、原告の母の往復旅費(鉄道料金二四二六〇円、タクシー代一三五〇円)、付き添い日当三日分(二万一〇〇〇円)及び荷物運送費(二万六二三一円)を、同(4)の事実関係を前提として、原告とその母の往復旅費(鉄道料金四万八五二〇円、タクシー代一三五〇円)、北九州市内でアパートを捜すためや復学手続きのための交通費(鉄道料金三二〇〇円、タクシー代一七六〇円)、宿泊代(九〇〇〇円)、原告の母の日当二日分(一万四〇〇〇円)、新しいアパートを借りるにつき仲介業者に支払つた仲介料(三万二〇〇〇円)、退去時に返還されない敷金(九万六〇〇〇円)及び荷物運送費(二万九七八〇円)を、余分に大学へ納入した授業料等(三八万二〇八〇円)及びアパート代(一九万二〇〇〇円)をそれぞれ損害として主張し、被告は、原告の休学、それに伴う引つ越し及び原告の母の付き添いの必要性等を争うので検討する。

3  前掲櫻井医院医師の回答書(乙一五)によれば、原告の症状や連日の徒歩による通院であることから通学は可能であつた旨の記載があるところ、前記認定の原告の受傷内容及び程度に照らしてこれを首肯することができるから、本件事故によつて原告が休学を余儀なくされたとまでいうことはできないかのごとくである。

しかしながら、原告の前記症状及び治療経過等に照らすと、原告が前期の試験を満足に受けられなかつたことには無理からぬものがあるばかりか、右治療期間中体育の授業はもとより学業に十分な成果を上げることが困難であつたことが推認できるところであり、原告が後期に相当程度出席したとしても、留年を余儀なくされる蓋然性には相当高いものが認められ(原告は、体育の授業が必須であり、単位を取得するための代替手段はなかつた旨供述しているところ、右供述に疑いを抱かせる証拠はない。)、他方、本件事故による受傷がなくても原告が留年したであろうことを窺わせる証拠はないのである。

そして、このように留年の避けられないような状況下において、原告が北九州市に止まつて治療と通学を継続することを断念し、後期を休学して帰郷する途を選択することによつて、後期の授業料やアパート代の支出を節約するとともに、治療に専念して新年度における復学を期したことは、かえつて損害の拡大を防ぐという一面を認めることができるのであつて、原告が通学が可能であつたという一事をもつて本件事故との間の相当因果関係を否定することは相当でない(休学によつて、不相当に損害が拡大した場合に、加害者が拡大した損害を賠償する義務を負わないことは別論である。)。

4  引つ越し費用等 (二四万六八六一円)

原告の一回の往復旅費二万四九三五円(鉄道料金二万四二六〇円(甲一五の三)、タクシー代一三五〇円の半額)、原告の母の一回の往復旅費二万四九三五円及び二日分の日当六〇〇〇円、津山市への荷物運送費二万六二三一円(甲一七)、新しいアパートを捜すため等の原告の交通費二四八〇円(鉄道料金一六〇〇円、タクシー代一七六〇円の半額、宿泊代四五〇〇円(甲一八の九)、仲介料三万二〇〇〇円(甲一九の三)、退去時に返還されない敷金九万六〇〇〇円(甲一九の一一)、北九州市への荷物運送費二万九七八〇円(甲一九の一二ないし一四)(以上合計二四万六八六一円)を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。

(証拠関係は、以上の外甲一の一、二、証人赤座稔子、弁論の全趣旨)

5  アパート代及び授業料 (五七万四〇八〇円)

半年間分のアパート代一九万二〇〇〇円、大学へ余分に納入した授業料等三八万二〇八〇円を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める。

なお、原告は前記休学により、後期の授業料の支出を免れたが、その代わりに将来復学するための繋金(いわゆる「席料」)として大学に七万八五八〇円を納付せざるを得なかつた(甲一三の三)外、余分に前記の授業料三〇万三五〇〇円の支出を余儀なくされた(甲一三の四及び五)ことが認められる。

五  診断書料 三六四〇円(甲七、八)

六  慰藉料 二三〇万円

証拠(原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は平成三年一一月ころ中途退学するに至つたことが認められるところ、原告は、慰謝料額の算定に当たり、右事情を考慮すべきである旨主張し、被告は、本件事故と右退学との相当因果関係を争うので検討する。

原告が本件事故による受傷のため直接退学を余儀なくされたとまでは、証拠上認めるに足りないが、本件事故と休学との間に相当因果関係が認められることは前記のとおりであり、したがつて原告が退学しない場合には一年間の卒業遅れを覚悟せざるを得なかったのであるから、原告が退学の途を選択したことがその任意の意思によるものであつたとしても、それは本件事故によつて必然的に生じるべき不利益な制約の下での任意の選択であるから、その限度で右事情を慰謝料額の算定に当たつて斟酌するのが相当である。

そして、右事情の外、本件事故の態様、原告の傷害の部位・程度、治療経過等の諸般の事情を斟酌すれば、原告が本件事故によつて受けた精神的・肉体的苦痛を慰藉するに足りる慰藉料の額は二三〇万円とするのが相当である。

七  弁護士費用 三〇万円

原告が弁護士である原告代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、その費用及び報酬の支払いを約したことは、弁論の全趣旨によつてこれを認めることができるところ、本件事案の内容、請求額、認容額その他諸般の事情を勘案すると、本件事故と相当因果関係に立つ損害として被告に請求し得る弁護士費用の額は、三〇万円とするのが相当である。

第四  以上の次第で、原告の請求中、金三五一万二六一六円及びこれに対する本件事故の翌日である平成元年八月二一日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を求める部分を認容し、その余を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 田邊直樹)

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